歌手・山崎あおいの「雪」の捉え方が面白い!という話

なんか個人的な感覚だが、山崎あおいの「雪」という言葉の使い方、あるいは「雪」の概念の捉え方がすごく好きで。

例えば、「会いにゆくよ」という「故郷の友人に会いに行く時に聴きたくなる名曲」があるのだが、
その曲の終盤に「雪の日の憂鬱も〜」というフレーズが使われている。

北海道出身の彼女にとって「雪の日」とは「憂鬱なもの」なのだ。
だけど、この「会いにゆくよ」を聴いたらわかるのだけど、この部分、さらーっと流すように、歌っている。
「涼しい夏」や「地下鉄の音」など、故郷を想起するラインナップに混ぜ込んで。

当たり前だけど、「雪が降る地域の人」にとって、「雪が降ること」は日常だし、
「雪の日の憂鬱」も単なる日常のひとつなのだろう。(憂鬱かどうかは人によるかもしれないが)

そして、東京にて奮闘する彼女にとって、その日常はすでに、
友人に「会いに行く」ときに、懐かしさを撫でる古き思い出になっているのだ。

ここではっきり言っておきたい!

「雪」を「憂鬱」の象徴として使う作詞家なんてなかなかいないぜ!?
普通は、「センチメンタル」とか「ロマンチック」な文脈で使われることが多いと思う。

だけど山崎あおいは「普通の(あるいは正直な)感性」として「雪の日」を「憂鬱」と歌った。
これは結構すごい。密かに感銘していた。だからここに書いた。

そして以外にも、彼女が「雪」という言葉を使っている曲は数曲しかない。

ここからは憶測の話だが、
「使い勝手が良すぎる」んじゃないかな。と思っている。

日常・憂鬱・懐かしさ、あるいはもっと普遍的に冷たさ・白さなど、
一言で色々な意味を込められるし、雪が身近な環境にあったなら、
ホイホイと歌詞の隙間に埋め込める便利な言葉であるはずだろう。

でも、簡単にそれに手を伸ばさない。
誠実だなと思う。ちゃんと使うべきところで使う。愛情だ。

そんな山崎あおいが、「snow」と名付けた曲がある。

彼女の日常に降り注ぐ「雪」への正直な感性と、
友達への思いやりが、ふんだんに味わえる名曲なので是非聴いてみてほしい。

最後に、彼女のTwitterが結構面白いので、これだけ貼っときますね。

twitter.com