9/3-9/9

9/3

さてさて、中身は普通の日記です。

昨日大勢の(大学時代の)友人と会って、帰ったらそのまま寝ていた。
気づいたら時計は7時半で、これはいつもよりも少し早くて、お風呂に入るなどして、出社。

朝ごはんは、なし。昼ごはんは、セブンイレブンで買う。

コード・ブルー」が、「シン・ゴジラ」を興行収入で抜いたらしい。(映画の話)
そのことについてのcdbさんの評論が面白い。
https://twitter.com/C4Dbeginner/status/1034074381616472064

・ここまでの大ヒットになったのは、人間が(あるいは日本人が)感動する、かなり普遍的なテーマで描かれているから。
・「シン・ゴジラ」とは全く別の盛り上がり方。
みたいな話。

20時に退社。
家に着いてから、6kmランニング。

晩ごはんはこれから。
しめじを何かしらに調理して食す予定。


9/4

今日は少しお金を使った。

行きの電車の中で、佐藤千亜妃(きのこ帝国の人)のアルバムをDL。5曲で1,200円。
続けざまにCaravan Palaceもダウンロード。11曲で1,200円。

…この値段の差ね。1曲あたり倍以上違う。

単純比較はできないけど、日本の買い切り系の値段はなしてこんなに高いのか。
配信なのに、CDを流通させて売っていた頃のコスト感覚のままじゃないか。
そもそもCD形態の時点で高かったけども。
この辺りの歴史背景、(レコード会社の売りつけ戦略の史実)について今度調べようと思う。

午後から、海沿いのとある会社まで打ち合わせへ。台風なのに。
雨は降ってなかった。台風なのに。風はものすごかった。海沿いだから?

退社後、町屋の駅前のTSUTAYAで、恩田陸の「光の帝国」を買う。
あと、きのこ帝国、あいみょんなど、若者に受けている人たちのアルバムを計5枚借りる。

たぶんもう、心からときめくような音楽には出会わない気がする。
でも、昔好きだったものばっかり懐かしんで聴くのはヤだな。

だから左脳で聴くことにした。

頭で聴いて、理解する。
「感動する」んじゃなくて、「理解する」という聴き方を取り入れる。
すごく面白いはず。若者が今をどういう風に捉えて、曲に書き起こすか。
その曲を聴いて共鳴する人たちは、何に救いを求めているのか。

冷めてるわけではないのだ。
考えることを、楽しんでいる。

 

9/5

「ウエストが細くなったから、キュッと締まるベルトが欲しい。」

ひとりごと。何も描けない空気に混ぜ込むように、こんな(どうでもいい)願望をこぼした。
誰に言うわけでもない、頭の中で思っていればいいことを、言葉にした。
草野マサムネが「見えない鳩 解き放つ」と表現したように。

出せる範囲なら、お金を出すことで欲しいものは手に入る。
でも、本当は「いやー、今月は厳しいからまた今度ね。」
と答えてくれる人が欲しいのかもしれない。

そう、欲しい。欲しいかもしれないではなく、欲しい。

もともと、他人が大好きだ。惚れっぽい。すぐ好きになる。
気づけば周りを観察している。
自分勝手で付き合いづらい奴とか、浅慮で話しても心地よくない奴とか、山ほどいる。
見ているとすぐにわかる。それでも全部、興味津々だ。仲良くなりたい。

なのに自分のことはすぐガードする。ずるい。
会話の内容を先に考えてから話す。ずるい。
ずるくて、弱い。

少しずつ変えなければ。このままではイカン。
昔の純粋な、お喋りマガちゃんを取り戻す。(そんな時期あったかな笑)
ベルトもいつまでも新調しない無頓着な自分に早く戻ろう。


9/6

北海道でものすごく大きな地震があった。

それは、自分が寝ているときに起こったらしくて、
目が覚めてテレビをつけると、ニュースはそのことで一色だった。

だけど、慌ただしい朝の支度に追われて、
テレビをゆっくり眺めることもできず、
「会社に遅刻しないように」という「都心のルール」に急かされて家を出る。

東京は全然平常運転で、これは大阪に台風が来た時も同じで、(風は強かったが)
なんの苦労もなく電車は来たし、セブンイレブンで昼食を買えた。

遥か北の大地、いや、そう遠くないはずの道内で起こった災害を、
ときどき思い出し、ときどき思い出さないで、仕事をしていた。

「どうしてこんなに普通なんだ?」

と、ここで自分で自分に刃を向けてみる。
でもだめだ。被災した人の心情に配慮した文章を書こうと思ってもできない。
電気がなくて、水が出ない人たちに寄り添える言葉を知らない。

それは天災を目の当たりにしたことがないからだ。
3.11の時はまだ大阪にいたし、阪神淡路が起こった時は0歳だった。

2016年の熊本地震も、福岡にいれば安全だった。
そして安全なところに居続けた。

ボランティアもたくさん募っていただろう。
「だろう」ということで、何の情報も集めなかった。
応募するための最初のアクションすら起こしていなかった。
あんなに時間もあったし、行こうと思えば行ける距離だったのに。

今度は、必ず行こうと思う。
北海道はちょいと遠いが、そばで起きた時はかならず。

それから、行けなくても少しでも助けられるように考えていよう。
励ましや慰めは押し付けがましいよね。物資は送りすぎると邪魔になるし、お金もきちんと届くかわからない。
でも、状況を判断して情報を整理して、きっとその人たちの助けになろうと思う。

まずは、少しでも想い続けることだ。 

 

9/7

ムタくんのライブに行った。

@Cycaqmuta

場所は恵比寿BATICA。
入り口を入ると、ラウンジみたいなところで、すでに音楽が流れている。
いわゆるフロアは2Fで、少し遅い時間から開く。

大学の友達がいた。安心した。
名前だけ知ってるような先輩もいて挨拶すると、
全然気取ってない、普通にいい人で、大学時代からちゃんと関わりたかった。

ムタくんのライブは、11時からなんと1時間ぶっ通しで、
ループっぽい音源を流しながら、シーケンスを点けたり消したり、
ビートのパターンを変えたりしながら、音が途切れることなく1時間。

面白かった。

「無音じゃない」という空間を作りつつ、
でもその音は、何かを訴えかけるような邪魔くささはなく、
だけど誰も何も話さなくても場が成立する具合に、フロアを埋める。

音楽とは、用途に合わせて形成される。
あるいは作り手がそれを意識していなくても、
それぞれの場面に適しているものが歓迎され、それ以外のものは淘汰されて、
結局は、時代・文脈に見合った音楽が生き残る。

音楽なんて所詮「音」だから、芸術でもなければ、「うおりゃあ」と魂を込めるものでもない。(本来はね)
それらは、作り手側のエゴであり、勝手にやっとけって話で、
どう転んでも、聴く人がどう受け取るかが全てだ。

だから、今どんな音楽が必要とされるのか、アンテナを張っておかないと、
この次の瞬間にどんな音楽が生まれて残っていくのか見極められない。

…なんてね、そんなマクロ的な話はおいといて、

今日は良かった。ムタくんの「今の音」が聞けて良かった。
聴き手が全てなんだから、それでいいのだ。とにかく良かったのだ。

 

9/8,9

大阪から高校時代の友達が旅行をしに来た。

やつらは、ウチに泊まって宿泊費を抑えようと言う魂胆らしく、
この狭い部屋に3人が泊まりに来た。

2日間のハイライトは多分、上野の国立科学博物館に行ったことだろう。

常設展示には「地球館」と「日本館」があり、
自分たちは、地球館の方を中心に周った。

地球館は、地球の生命の成り立ちや、膨大な種類の標本や化石の展示、
人類の誕生からの細かな種別分けの解説などで、
友人の一人がかなり生物学に通じていたのが、功を奏した。

パンダに見られる特殊な形態「拇指対向性(ぼしたいこうせい)」(※親指が他の指と対になって生えている)についてや、
先のことを予見して行動することのできる珍しいサル「ピグミーマーモセット」について、
熱くレクチャーしてくれたので、生き物の神秘、その面白さへの理解を深めることができた。

その他にも、寿司や焼肉などかなり観光客的お金の使い方をしたが、
概ねアタリくじで、満足度の高い2日間だった。

驚いたこと一つ。
昔からガリガリガリポンだった友人のうちの一人と、自分の体重が逆転していた。

近頃、自分は「痩せよう」と思いながら日々過ごし、
あいつは筋肉を付けようと邁進していた(らしい)のだが、
その結果が見事にはっきりと数字として現れたということ。

これは驚いたとともに、嬉しいことだ。

最後に、「なんじゃもんじゃ」という親心疑似体験系ボードゲームは、
長く続ければ続けるほどグダグダになるが、次の日の会話が盛り上がる。